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カラニーヤマッタクサレーナ
利益に熟達した人がなすべきことは、
小誦経(Khuddakapāṭha)の第9経で、題は Mettasutta(慈経)です。生きとし生けるものが安らかで幸せであるように、という慈しみの願いを唱えます。
経集にもほぼ同じ偈があり、冒頭の引用符と結びの語だけが少し異なります。このサイトでは小誦経の形を載せています。
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カラニーヤマッタクサレーナ
利益に熟達した人がなすべきことは、
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ヤンタ サンタン パダン アビサメーッチャ
その静かな境地をよく理解してから、
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サッコー ウジュー チャ スフジュー チャ
有能で、真っ直ぐで、よく真っ直ぐであり、
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スーヴァチョー チャッサ ムドゥ アナティマーニー
忠告を受けやすく、柔らかく、高ぶらない人であることです。
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サントゥッサコー チャ スバロー チャ
足ることを知り、養いやすく、
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アッパキッチョー チャ サッラフカヴッティ
務めが少なく、暮らしが軽く、
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サンティンドゥリヨー チャ ニパコー チャ
感覚の働きが静まり、賢く、
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アッパガッボー クレースヴァナヌギッドー
厚かましくなく、家々に貪りつかないことです。
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ナ チャ クッダマーチャレー キンチ
どんな些細なことも行わず、
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イェーナ ヴィンニュー パレー ウパヴァデーッユン
それによって、ほかの智者たちが非難するようなことを。
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スキノー ヴァ ケーミノー ホーントゥ
楽であり、安穏でありますように。
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サッバサッター バヴァントゥ スキタッター
すべての生きものが、幸せな心でありますように。
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イェー ケーチ パーナブータッティ
およそ命あるものは、
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タサー ヴァー ターヴァラー ヴァナヴァセーサー
動くものも動かないものも(注釈の伝統では、渇愛と恐れのあるものと、それを離れたもの)、残らず、
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ディーガー ヴァー イェー ヴァ マハンター
長いものも、大きいものも、
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マッジマー ラッサカー アヌカトゥーラー
中くらいのもの、短いもの、細かいもの、粗いものも。
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ディッター ヴァー イェー ヴァ アディッター
見えたものも、見えないものも、
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イェー ヴァ ドゥーレー ヴァサンティ アヴィドゥーレー
遠くに住むものも、遠くないところに住むものも、
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ブーター ヴァ サンバヴェーシー ヴァ
すでに生まれたものも、これから生まれようとするものも、
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サッバサッター バヴァントゥ スキタッター
すべての生きものが、幸せな心でありますように。
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ナ パロー パラン ニクッベータ
誰も、他の誰かを欺かず、
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ナーティマンニェータ カッタチ ナ カンチ
どこでも、誰をも軽んじないように。
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ビャーローサナー パティガサンニャ
怒りと、反発の思いによって、
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ナーンニャマンニャッサ ドゥッカミッチェーッヤ
互いに苦しみを望まないように。
マーター ヤター ニヤン プッタマ
母が、自分の子どもを、
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アーユサー エーカプッタマヌラッケー
命をかけて一人子を守るように、
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エーヴァンピ サッバブーテース
そのように、すべての生きものに対して、
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マーナサン バーヴァイェー アパリマーナン
量りのない心を育てます。
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メーッタンチャ サッバローカサミ
また、全世界に対する慈しみの、
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マーナサン バーヴァイェー アパリマーナン
量りのない心を育てます。
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ウッダン アドー チャ ティリヤンチャ
上に、下に、そして横に、
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アサンバーダン アヴェーラマサパッタン
妨げなく、怨みなく、敵なく。
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ティッタン チャラン ニシンノー ヴァ
立っていても、歩いていても、座っていても、
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サヤーノー ヤーヴァターッサ ヴィタミッドー
横になっていても、眠気を離れているあいだは、
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エータン サティン アディッテーッヤ
この気づきを、しっかりと定めます。
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ブラフマメータン ヴィハーラミダマーフ
これを、ここでの崇高な住まいと言います。
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ディッティンチャ アヌパッガンマ
見解に近づかず(注釈は邪見と読みます)、
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シーラヴァー ダッサネーナ サンパンノー
戒を備え、見を具えて、
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カーメース ヴィナヤ ゲーダン
感覚的な欲への貪りを取り除いた人は、
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ナ ヒ ジャートゥッガッバセーッヤ プナレーティーティ
決して、再び胎に宿ることはありません。
Mettasuttaṃ.
メーッタスッタン
慈経、という結びの題です。
Khuddakapāṭhapāḷi .
クッダカパータパーリ ニッティター
小誦経は、ここで終わります。慈経の偈ではなく、小誦経全体の結びの言葉です。