文法パーリ語文法
パーリ語のローマ字の書き方(IAST)と読み方、三帰依に出てくる語尾の働きと語順を、はじめての人向けにまとめます。
パーリ語は、上座部仏教の経典に使われている言葉です。このサイトの三帰依と慈経を読むのに必要な、文字と読み方、語尾と語順の基本をまとめます。
文字
パーリ語には、決まった文字がありません。スリランカではシンハラ文字、タイではタイ文字というように、国ごとの文字で書かれてきました。このサイトでは、世界で広く使われているローマ字で書きます。
IAST という書き方
ローマ字でパーリ語を書くときは、IAST(International Alphabet of Sanskrit Transliteration、サンスクリット翻字の国際字母)という決まりが広く使われています。もとはサンスクリット語のために作られた書き方ですが、パーリ語の音もほぼ同じ文字で書けます。
ふつうのローマ字だけでは、パーリ語の音を区別しきれません。短い a と長い ā、舌先を歯の裏に当てる t と舌を反らせる ṭ は、別の音です。取り違えると、別の語になることもあります。そこで IAST では、文字に線や点を付けて、一つの音を一つの文字で表します。国ごとの文字で書かれた本文も、この書き方に移せば、同じ綴りで読めます。このサイトも IAST で書いています。
線や点の付いた文字
パーリ語で使う、線や点の付いた文字は次のとおりです。
- 上に線:ā、ī、ū。長くのばす母音です
- 下に点:ṭ、ḍ、ṇ、ḷ。舌先を上に反らせて出す音(そり舌音)で、点の無い t、d、n、l とは別の音です
- ṃ:ニッガヒータと呼ばれる、母音のあとの鼻に抜ける音です。本によっては、点を上に付けて ṁ と書きます。どちらも同じ音です
- ṅ:k や g の前に来る鼻音です。saṅgha の ṅ がこれです
- ñ:c や j の前に来る鼻音で、母音の前では「ニャ」の音になります
印ではありませんが、kh、gh、th、dh、ph、bh のように h の付く組み合わせは、二文字で一つの音を表します。k と h を続けて読むのではなく、息を強く出す一つの k です。
打ち方
線や点の付いた文字は、キーボードからそのままでは打てないことがあります。スマートフォンでは、英語のキーボードで a や n を長押しすると、ā や ñ が選べることがあります。
印を打てないときは、印を省いて sangha のように書く人もいます。また、ふつうのローマ字と記号だけで書く決まり(Velthuis 方式)もあり、aa で ā、.t で ṭ、.m で ṃ、"n で ṅ、~n で ñ を表します。
読むときは、印を飾りと思わず、別の文字として見るのがこつです。ā と a、ṭ と t は、それぞれ違う文字です。
母音
母音は八つです。
- 短い母音:a(ア)、i(イ)、u(ウ)
- 長い母音:ā(アー)、ī(イー)、ū(ウー)、e(エー)、o(オー)
上に線のある母音は、長くのばして読みます。e と o はいつも長い音なので、namo は「ナモー」と読みます。
子音
- 同じ子音が二つ続くときは、つまる音「ッ」になります。gacchāmi は「ガッチャーミ」です
- ṃ と、子音の前の鼻音は「ン」と読みます。saṅghaṃ は「サンガン」です
- kh、gh、th のように h が付く音は、息を強く出して読みます。カタカナでは書き分けられないので、kh も k と同じく「カ行」で書きます
カタカナの読み
このサイトの経典と単語帳に付いているカタカナは、IAST の綴りから決まった規則で作った読みです。長い母音は「ー」、ṃ と子音の前の鼻音は「ン」になります。
ただし、カタカナには書き分けられない音があります。ṭ と t はどちらも「タ行」、ṇ と n は「ナ行」、ḷ と l は「ラ行」、kh と k は「カ行」になります。カタカナは読み始めの手がかりとして使い、正しい音はローマ字の綴りで確かめてください。
語尾で意味が変わる
パーリ語では、語の終わり(語尾)の形で、文の中での役割を表します。日本語の「が」「を」「に」の働きを、語尾が受け持つと考えると分かりやすいでしょう。
三帰依の一文で見てみましょう。
buddhaṃ saraṇaṃ gacchāmi
- buddhaṃ:(ブッダ)に -ṃ が付いた形。「ブッダを」
- saraṇaṃ:(よりどころ)に -ṃ が付いた形。「よりどころとして」
- gacchāmi:「私は行く」
つなげると「ブッダを、よりどころとして、私は行く」。つまり「ブッダに帰依します」という意味になります。
-ṃ で終わる形は対格(たいかく)と呼ばれ、主に「〜を」を表します。(教え)と (僧の集まり)も、同じように dhammaṃ、saṅghaṃ となります。
語尾が役割を表すので、パーリ語は語順が比較的自由です。動詞の gacchāmi が文の最後に来るのも、その一例です。
「〜に」を表す語尾
三帰依の前に唱える礼拝の句には、別の語尾が出てきます。
Namo tassa Bhagavato Arahato Sammāsambuddhassa.
namo は「礼拝します」。そのあとの tassa(その方)、bhagavato(世尊)、arahato(阿羅漢)、sammāsambuddhassa(正自覚者)は、-ssa や -to で終わっています。これらは「〜に」を表す形で、全体で「世尊であり、阿羅漢であり、正自覚者である、その方に礼拝します」という意味になります。
名詞の八つの格
パーリ語の名詞には、役割に応じて八つの形(格)があります。三帰依で見たのは、このうちの対格と、「〜に」を表す形です。
- 主格:〜が、〜は
- 対格:〜を
- 具格:〜によって
- 与格:〜に、〜のために
- 奪格:〜から
- 属格:〜の
- 処格:〜において
- 呼格:〜よ(呼びかけ)
はじめから全部を覚える必要はありません。経典を読みながら、よく出てくる形から少しずつ慣れていきましょう。
語順
パーリ語では、名詞の語尾(格)が「誰が」「何を」などの役割を決めます。そのため、語を入れ替えても意味は成り立ちます。ふつうは、主語、目的語、動詞の順になりやすいです(SOV)。語順を変えると、役割はそのままに、どの語を際立たせるかが変わります。
三帰依の一文で見ます。
buddhaṃ saraṇaṃ gacchāmi
buddhaṃ の語尾 -ṃ は対格で、対象の「ブッダを」を示します。saraṇaṃ も -ṃ で、「よりどころとして」です。「私は」は、gacchāmi の語尾 -mi に入っています。-ṃ が対象を示すので、語を動かしても、buddhaṃ が「何を」であることは変わりません。この文では、対象が先、動詞が最後です。
主語が一つの語として出る例は、慈経にあります。
na paro paraṃ nikubbetha
- paro:(ほかの人)の主格。「ほかの人が」
- paraṃ:同じ語の対格。「ほかの人を」
- nikubbetha:「欺くべきだ」。前の na と合わせて、欺かない、という文です
主格が「誰が」、対格が「誰を」を示し、動詞が最後に来ます。主語、目的語、動詞の順です。
動詞が間に来ることもあります。
mānasaṃ bhāvaye aparimāṇaṃ
mānasa(心)の対格 mānasaṃ と、(量れない)の対格 aparimāṇaṃ のあいだに、動詞 bhāvaye(育てるべきだ)があります。どちらも語尾が -ṃ なので、「量れない心を」というまとまりは崩れません。慈経は詩の形なので、韻に合わせるためにも語が動きます。
日本語も、語に付く助詞が役割を示します。「は」「が」「を」「に」があれば、並べ替えても通じます。
- 私はブッダに帰依します
- ブッダに私は帰依します
どちらも、帰依するのは私で、相手はブッダです。前に出した語が、話の中心として目立ちます。
英語は、語の位置で役割が決まります。
- The dog bites the man(犬が人を噛む)
- The man bites the dog(人が犬を噛む)
並べ替えると、噛む側と噛まれる側が入れ替わります。パーリ語の語尾と、日本語の助詞は、英語で語順が受け持っている役割を示します。
語尾と助詞の対応を、このサイトの経典に出る形で示すと、次のとおりです。
- 主格(〜が、〜は):paro。慈経の mātā も主格で、(母)の「母が」です
- 対格(〜を):-ṃ。buddhaṃ、paraṃ、mānasaṃ、aparimāṇaṃ
- 具格(〜によって):āyusā。(命)の形で、慈経では「命をかけて」と読めます
- 「〜に」:-ssa、-to。礼拝の句の tassa、bhagavato です