物語十大弟子
舎利弗から阿難まで、十人の弟子それぞれの代表的な話です。経が伝えることと、注釈の伝承とを分けて書いています。
十大弟子は、日本でよく挙げられる十人のです。十人を一組にするのは、主に大乗の経にもとづくまとめ方です。上座部の経は「十人」という一組の名ではまとめず、それぞれの分野で第一の人として、さらに多くの弟子の名を挙げます。ここでは一人ずつ、何において第一とされたかと、代表的な話を紹介します。生涯の流れはお釈迦様の生涯で読めます。
舎利弗(サーリプッタ)
の大きな人のうちで第一だと、経は伝えます。
律では、出家前のサーリプッタが、ラージャガハで托鉢する比丘アッサジの落ち着いた振る舞いに心を打たれ、師と教えを尋ねます。アッサジが短く答えたのは、ものごとには原因があり、その原因と、原因の尽きることを如来は説く、という趣旨の偈でした。サーリプッタはそれを聞いて、生じたものは必ず滅する、と見る目が開きました。友人のモッガッラーナに伝えると、彼にも同じ目が開きました。二人は、それまで師としていたサンジャヤのもとを離れ、仲間とともにブッダのもとで出家しました。
目犍連(モッガッラーナ)
神通の力のある人のうちで第一だと、経は伝えます。
ある経では、モッガッラーナが、神々の王サッカがブッダの教えを本当に理解しているかを確かめるために、天を訪ねます。サッカが宮殿の美しさばかりを見せて浮かれているのを見て、モッガッラーナは足の親指で、その宮殿を揺り動かしました。力を誇るためではなく、浮かれた神々の心を引き締めるためでした。
摩訶迦葉(マハーカッサパ)
頭陀(ずだ)と呼ばれる質素な修行を実践し、それを説く人のうちで第一だと、経は伝えます。
ある経では、道のそばの木の根もとで、カッサパが自分の継ぎはぎの衣を四つに畳み、お釈迦様の座席にしました。お釈迦様が「この衣は柔らかい」と言うと、カッサパはその衣を差し出します。代わりに受け取ったのは、お釈迦様が着古した、麻のぼろ布の衣でした。カッサパは生涯、こうした質素な暮らしを続けたと伝えられます。
阿那律(アヌルッダ)
天の眼をもつ人のうちで第一だと、経は伝えます。天の眼は、普通の目では見えないところを見る力として語られます。
入滅のとき、お釈迦様は瞑想の段階を順に深めていきました。アーナンダが「世尊はもう世を去られた」と言うと、アヌルッダは「そうではない」と正しました。想と受の働きが滅した瞑想に入っているのであって、まだ世を去ってはいない、と。見分ける力の確かさを示す場面として、経はこれを残しています。
須菩提(スブーティ)
争いのない境地に住む人のうちで、また施しを受けるにふさわしい人のうちで第一だと、経は伝えます。
注釈の伝承では、托鉢で施しを受けるとき、家々の前でまず慈しみの瞑想に入ってから受けたので、施した人の実りが大きかったと語られます。大乗の経では、空の理解で知られる人として描かれることがあります。上座部の経が第一とするのは、争いのない境地に住むことと、施しを受けるにふさわしいことです。
富楼那(プンナ)
教えを説く人のうちで第一だと、経は伝えます。ここでいう富楼那は、マントーニーの子として知られる人です。
ある経では、サーリプッタの問いに答えて、修行の七つの段階を、目的の町まで乗り継ぐ七台の車にたとえました。一台の車は次の車のところまで運び、最後の車が目的の町へ送り届けます。ただし、どの車も、それ自体が旅の目的ではありません。清らかな行いの目的は、何にも執着しない完全な安らぎにある、と説きました。
迦旃延(マハーカッチャーナ)
短く説かれた言葉を、詳しくほどいて見せる人のうちで第一だと、経は伝えます。
ある経では、お釈迦様が短い言葉だけを残して部屋に入ると、比丘たちはその意味を詳しくつかめず、マハーカッチャーナに尋ねました。彼が詳しく説いたことを伝え聞いたお釈迦様は、自分に尋ねても同じように答えただろう、と認めました。
優波離(ウパーリ)
戒律を保つ人のうちで第一だと、経は伝えます。
律によれば、ウパーリは釈迦族の若者たちに仕えた理髪師でした。若者たちが出家するとき、自分たちより先にウパーリを出家させてほしいと頼みました。先に出家した人を敬い礼拝することで、釈迦族の慢心が静まる、と考えたからです。ブッダは、その順で出家させました。
羅睺羅(ラーフラ)
学びを切に願う人のうちで第一だと、経は伝えます。お釈迦様の子です。
ある経では、お釈迦様が、水入れに残したわずかな水を見せ、それを捨て、器を伏せ、空の器を見せました。わざと偽りを言って恥じない人の出家の暮らしは、そのようにわずかで、捨てられ、伏せられ、空である、と。続いて、鏡を見るように、行いの前と、しているあいだと、終えたあとに、身と口と心を振り返るよう教えました。
阿難(アーナンダ)
多くを聞き覚えた人、気づきを保つ人、そばに仕えた人のうちで第一だと、経は伝えます。
入滅のとき、アーナンダはまだ学びの途中でした。アーナンダは、師が世を去ることを嘆いて泣きました。お釈迦様は、愛しいものとはいつか別れると前から説いてきたと慰め、長いあいだ、慈しみのこもった身と口と心の行いで仕えてくれたことを認め、努めればすぐに汚れの尽きたになるだろうと励ましました。律は、アーナンダが入滅のあとに開かれた集まり(結集)の前に、阿羅漢になったと伝えます。