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ダンマ四無量心

慈・悲・喜・捨という、すべての生きものへ限りなく広げていく四つの心です。

四無量心(しむりょうしん)は、すべての生きものに向けて、限りなく広げていく四つの心です。慈(じ)・悲(ひ)・喜(き)・捨(しゃ)の四つで、「崇高な住まい」という意味で梵住(ぼんじゅう)とも呼ばれます。

四つの心

  • 慈:生きものがであるよう願う心。パーリ語ではメッター()
  • 悲:生きものがから離れるよう願う心。パーリ語ではカルナー
  • 喜:他の人の幸せや成功を、自分のことのように喜ぶ心。パーリ語ではムディター
  • 捨:好き嫌いに偏らず、どの生きものにも平らかに向き合う心。パーリ語ではウペッカー

似ているが違うもの

四つの心には、それぞれよく似ているけれども別のものがあると伝えられます。慈しみは執着に、苦しみを思いやる心はただ一緒に落ち込むことに、喜ぶ心ははしゃぐ気持ちに、平らかな心は無関心に、すり替わりやすいのです。

反対に、慈しみは怒りを、思いやりは人を傷つける心を、喜ぶ心はねたみを、平らかな心はえこひいきを、それぞれ鎮めます。

喜ぶ心を育てる「アヌモーダナー、サードゥ」

四つのうち、喜ぶ心は意外に育てるのが難しいものです。他の人がうまくいくと、つい比べたり、ねたんだりしてしまいます。

上座部の国々では、誰かが施しや善い行いをしたとき、まわりの人が「アヌモーダナー」「」と声をかけます。アヌモーダナーは「一緒に喜ぶこと」、サードゥは「よきかな、すばらしい」という意味です。お寺で読経やお布施のあとに、皆で「サードゥ、サードゥ、サードゥ」と三度唱える光景もよく見られます。

他の人の功徳を見たら、心の中でもかまわないので「アヌモーダナー、サードゥ」と喜ぶ。これを日々くり返すことが、喜ぶ心の練習になります。人の善い行いを喜ぶ心は、それ自体が善い心です。

瞑想で育てる

四無量心は、瞑想で育てることができます。慈しみの育て方は慈しみの瞑想で読めます。同じ進め方で、願う言葉を「苦しみから離れられますように」「幸せが続きますように」に替えれば、それぞれ悲と喜の瞑想になります。

自分の施しを思い出して心を明るくするチャーガ・アヌッサティ瞑想は、他の人の施しを喜ぶ心の土台にもなります。