物語お釈迦様とデーヴァダッタ
前世で雌鹿の身代わりになった鹿の王と、ブッダをねらって無間地獄に落ちたデーヴァダッタの物語です。
デーヴァダッタは、お釈迦様と同じ釈迦族から出家した人です。人々はお釈迦様や優れた弟子たちばかりを訪ね、デーヴァダッタの名を口にする人はいませんでした。デーヴァダッタはそれをねたみ、自分も僧の集まりを率いたいと願うようになります。
鹿だった前世
注釈の伝承では、まだブッダになる前のお釈迦様は、バーラーナシーのブラフマダッタ王の時代に、金色の鹿として生まれました。五百頭の群れを率いる、ニグローダ鹿の王です。近くには、同じように金色のサーカという鹿の王が、やはり五百頭を率いて住んでいました。サーカは、枝鹿という意味の名です。
王は鹿狩りを好み、肉がなければ食事をしません。毎日の狩りで人々の仕事が滞ったので、人々は鹿を園に追い込み、王がそこで狩れるようにしました。王は、二頭の金色の鹿は殺さないと約束しました。それでも料理人が矢でほかの鹿を射るので、傷ついて死ぬ鹿が絶えません。
ニグローダはサーカにこう提案しました。二つの群れが交代で、一日に一頭ずつ差し出す。その鹿は自ら台に首を載せて横たわる。そうすれば、矢で傷つく鹿が出ずに済む、と。サーカは同意しました。
サーカの群れの番の日、身ごもった雌鹿に順番が回りました。雌鹿は、子を産んだあとなら母と子の二頭で番を務めるので、今は外してほしいと頼みます。サーカは断りました。雌鹿はニグローダに訴え、ニグローダは「あなたの番は私が引き受ける」と言って、自ら台に頭を載せて横たわりました。
料理人から知らせを受けた王が駆けつけ、命は取らないと約束したのに、なぜここに横たわっているのかと尋ねます。ニグローダは答えました。一つの死の苦しみを、ほかの生きものに押しつけることはできない。自分の命を彼女に渡し、彼女の死を自分が引き受けたのだ、と。
王は、人間のあいだでさえ見たことのない、忍耐とと思いやりの心に打たれました。ニグローダと雌鹿だけでなく、園の鹿、ほかの鹿、四本足の生きもの、鳥、魚、そしてあらゆる生きものを殺さないと、順に約束します。ニグローダは王に、生きものを害さず、正しい行いを守って生きるよう教えました。
雌鹿はのちに子を産み、その子にこう諭しました。ニグローダにつきなさい。サーカのもとで生きるより、ニグローダの足もとに死ぬほうがよい、と。
この話は、デーヴァダッタが身ごもった尼僧を追い出そうとし、お釈迦様が彼女とその子を守ったときに語られた、と注釈は伝えます。結びでお釈迦様は、誰が誰であったかをこう告げました。
- サーカ鹿は、デーヴァダッタだった
- その群れは、デーヴァダッタの仲間だった
- 身ごもった雌鹿は、のちにクマーラカッサパの母となる尼僧だった
- その子は、クマーラカッサパだった
- 王は、アーナンダだった
- ニグローダ鹿の王は、このわたしだった
ブッダの時代
この時代のデーヴァダッタは、マガダの王子アジャータサットゥの信頼を得るようになります。供養に心を奪われ、年老いたに代わって、自分が僧の集まりを率いると申し出ました。断られると、ブッダへのを抱きます。
王子には、父を殺して王になるよう勧め、自分はブッダを殺してブッダになる、と語りました。王子が王位につくと、ブッダのもとへ刺客を送ります。刺客たちは教えを聞いて心を改め、引き返しました。
次にデーヴァダッタは、霊鷲山から大きな岩を落として、ブッダの命を奪おうとしました。岩の破片がブッダの足に当たり、血が流れました。
それでも果たせなかったデーヴァダッタは、ラージャガハにいた、人をも殺す荒々しい象ナーラーギリを、ブッダが托鉢に歩く通りへ放ちました。注釈の伝えるところでは、象に酒を飲ませてから放ったといいます。象が近づくと、アーナンダは自分の命を捨てるつもりで、ブッダの前に立ちます。ブッダは象をの心で満たし、象は鼻を下ろして静まりました。
その後デーヴァダッタは、森に住むこと、托鉢だけで暮らすこと、ぼろの衣を着ること、木の根もとに住むこと、魚や肉を食べないこと、の五つを、すべての出家者の決まりにしようと求めました。ブッダは「望む人がそうすればよい」と答え、全員の決まりにはしませんでした。デーヴァダッタは、出家して間もない、まだ決まりをよく知らない五百人の僧を連れて別に集まり、を分裂させました。おもだった二人の弟子、サーリプッタとモッガッラーナが、離れていった僧たちを連れ戻します。
ブッダの体を傷つけて血を流させることと、僧団を分裂させることは、五無間業(ごむけんごう)と呼ばれる五つの重い行いのうちの二つです。五つとは、母を殺す、父を殺す、を殺す、ブッダの体を傷つけて血を流させる、僧団を分裂させる、です。上座部の伝承では、これらはあまりに重いため、命が終わると、ほかの生をはさまずに、すぐ次の生でに生まれると説かれます。「無間」は、あいだを置かないという意味です。
晩年、デーヴァダッタは九か月のあいだ病み、お釈迦様に会いたいと願って、アナータピンディカが寄進した祇園精舎へ運ばれていきました。お釈迦様は、この生ではもう会うことはできない、と告げていました。一行が祇園精舎の蓮池のほとりに着き、デーヴァダッタが足を地に下ろすと、足から地に沈みはじめ、くるぶし、膝、腰、胸、首と、次第に呑まれていきます。顎まで沈んだとき、残された骨と息をもってブッダをよりどころにすると唱えた、と注釈は伝えます。そのまま大地に呑まれ、無間地獄(アヴィーチ)に生まれました。
注釈の伝承では、デーヴァダッタは非常に長い時を経たのち、アッティッサラという名のパッチェーカブッダ(辟支仏)、つまりひとりで悟りを開く人になると伝えられています。
この話の教え
前世のニグローダは、身ごもった雌鹿の死を、自分の身に引き受けました。一つの苦しみを、ほかの生きものに押しつけない。その心が、狩りを好んだ王の心を動かし、あらゆる生きものを殺さないという約束を引き出しました。
ブッダの時代のデーヴァダッタは、ねたみと、自分が上に立ちたいという思いから、ブッダを傷つけ、僧の集まりを分けました。重いは、あいだを置かずに、次の生を地獄に定めます。業の働きはカルマで、生まれ変わりは輪廻転生で読めます。五つの重い行いについては、ゴータマブッダとメッテイヤブッダでも触れています。
それでも注釈は、大地に呑まれるときにブッダをよりどころにしたことを、のちにひとりで悟る縁として伝えています。慈しみが荒々しい象の心を静めたように、心のあり方は相手にも伝わります。よりどころについては三帰依で、慈しみの心を育てる練習は慈しみの瞑想で読めます。