瞑想ヴィパッサナー瞑想
いま起きている体と心の動きに気づき続け、ものごとをありのままに見抜いていく瞑想です。
ヴィパッサナー瞑想は、いまこの瞬間に起きている体と心の動きにを向け、ものごとをありのままに見る瞑想です。ヴィパッサナーは「はっきりと見ること」を意味し、漢訳では「観(かん)」と呼ばれます。
サマタ瞑想が心を一つの対象にとどめて静めるのに対して、ヴィパッサナー瞑想は、現れては消えていくものを次々に見ていきます。
何を見るか
伝統では、気づきを向ける先を四つにまとめます。
- :息の出入り、歩く足の動き、座っている体の感じ
- :心地よい、不快、どちらでもない、という感じ
- 心:怒っている、落ち着いている、ぼんやりしている、という心の様子
- ものごとの法則:心を乱すものや、体と心の成り立ち
進め方
座っているときは、おなかの膨らみと縮み、あるいは鼻先の息に気づきを置きます。音が聞こえたら「聞こえた」、考えが浮かんだら「考えた」と、起きたことをそのまま確かめ、また息に戻ります。ミャンマーのマハーシ長老の流れでは、このように心の中で短く言葉を添えて確かめる方法が広く知られています。
歩く瞑想もあります。足を上げる、運ぶ、下ろす、という動きの一つひとつに気づきながら、ゆっくり歩きます。
大切なのは、よい、悪いと判断せず、起きたことを起きたとおりに見ることです。
何が見えてくるか
続けていくと、体の感じも、心に浮かぶ思いも、現れては消え、一瞬も同じではないことがはっきりしてきます。ものごとは、思いどおりにならず()、「私」や「私のもの」と呼べるものはありません。この三つの性質を三相といいます。体と心を五つに分けて見る見方は五蘊で読めます。
三相を自分の体験として見抜くことがです。智慧が深まると、ものごとへのとらわれがほどけ、やがてという苦しみの消えた安らぎに至ると説かれます。
八正道のうち、正念(しょうねん)がこの瞑想の中心です。